今日は朝から雨が降っています。
ちょうど先ほど、関東地方が梅雨入りしたとのニュースを見ました。
6月らしい一日だなあと感じています。
学生の頃の私は、なぜか紫陽花に少し違和感を感じていました。
雨がしとしと降り、街全体が少し暗く見える日。
道端や庭先で美しく咲く紫陽花を見ても、どこか寂しい気持ちになっていたのです。
もしかしたら、そんな素敵な紫陽花の咲く家に憧れていたのかもしれません。
あるいは、紫や青という色が当時の私には少し切なく映っていたのかもしれません。
それでも家に帰ると、不思議とほっとしていました。
今思えば、あの頃の私は、梅雨の景色の中にどこか心の不安定さを重ねて見ていたような気がします。
その後、両親は今住んでいる家にたくさんの紫陽花を植えてくれました。
けれども私は長い間、紫陽花を見ると少し気持ちが沈むような感覚を持っていました。
近くには有名な紫陽花寺もあります。
この季節になると多くの人が訪れ、とても賑わいます。
私も一度訪ねたことがありますが、なぜか心が惹かれたのは、近くにある小さなお寺で静かに咲く紫陽花でした。
ひっそりと咲く姿の方が、私には美しく感じられたのです。
そんな私でしたが、チョコちゃんと散歩をするようになってから少し変わりました。
公園の一角に毎年咲く紫陽花があります。

毎日その前を通るうちに、その花がとても可愛く見えるようになりました。
咲き始めを楽しみにし、満開を喜び、咲き終わる頃には少し寂しくなる。
冬になってもその場所を通るので、剪定されてきれいになっていると安心しますし、枯れた花がそのまま残っていると少し気になったりもします。
気がつけば、紫陽花を見守るようになっていました。
そして今日、ふと昔のことを思い出したのです。
けれども今の私は、梅雨が嫌だと思わなくなりました。

春から咲き続けてくれているパンジーやビオラ。
店先に並び始めた夏の花たち。
雨に濡れて生き生きとしている木々や草花。
昔は梅雨というと暗い季節のように感じていましたが、今はそうではありません。
本当に良い時代になったと思います。
そして私はとても恵まれています。
今、西友カフェのベンチでアイスコーヒーをいただいています。
近くの八百屋さんは定休日ですが、奥様が出ていらして、ツバメたちの見守りやお掃除をされています。
そこへご高齢のご夫婦と娘さんらしき方が来られ、一生懸命にツバメのお話を聞いていらっしゃいました。
その姿を見ながら思いました。
人は自分の好きなことを一生懸命続けていると、それは必ず誰かの心に届くのだと。
ツバメを大切に思う気持ち。
小さな命を見守る優しさ。
それを真剣に聞く人たちの姿。
なんとも言えない温かな空気がそこに流れていました。
アイスコーヒーを飲みながらその光景を眺めているうちに、昔の梅雨の日に感じていた不安な気持ちを思い出しました。
そして同時に、今の自分が梅雨の日にも幸せを感じられることに気がつきました。
雨の音。
花たちの姿。
ツバメたちを見守る人々。
こうした何気ない日常の中に、たくさんの豊かさがあることを感じています。
感謝の気持ちでいっぱいです。
I’m truly grateful.