昨日、記事に書いた大学時代の友人に電話をしました。
お互いの近況を話しながら、ふとあの記事のことに触れてみました。
すると彼女は、「なんとなくはわかるけれど、そのこと自体は覚えていない」と言うのです。
私は少し驚きました。
私の中では長く残っていた出来事だったからです。
そこで、その時のことを少し補足して話してみましたが、
やはり彼女は「覚えていない」と静かに答えました。
けれどもそのあと、彼女はこんな話をしてくれました。
大学の授業で英語の詩を扱ったときのことです。
ナイチンゲールという言葉が出てきて、
それが鳥のことなのか、それとも人物としてのナイチンゲールなのか、
どちらなのか分からなかったそうです。
そこで彼女は先生に、
「どちらの受け取り方でもいいのですか」と尋ねました。
すると先生は、少し間を置いてから、
「いいですよ」と答えてくださったそうです。
そのことが、彼女の中ではとても印象に残っていると言っていました。
つまり彼女は、
作品を初めて読んだときに感じたことを大切にする、
そういう姿勢をずっと持ち続けてきた人なのだと感じました。
専門家の解釈や、多くの文献による説明も大切だけれど、
それよりもまず、自分がどう感じたかを大事にしたい。
彼女は、ずっとそういうスタンスで学んできたのだと思います。
だからこそ、あの時の議論も、
彼女にとっては特別な出来事ではなく、
日々の延長にあった自然なことだったのかもしれません。
私はあの時、その話を聞いてとても印象に残っていました。
けれども彼女にとっては、それは当たり前のことだったのです。
そう思ったとき、ふと気づきました。
私が心に残していたものは、
彼女の中ではずっと変わらずに続いていたものだったのだと。
そしてもう一つ思いました。
もしかすると私は、
あの時の彼女の姿に、
どこかで惹かれていたのかもしれません。
自分の感じたことを大切にすること。
それをそのまま言葉にすること。
今の私は、ようやくその意味がわかってきたように思います。
時間はかかりましたが、
あの時に感じたものは、ちゃんと自分の中に残っていて、
今こうしてつながってきているのだと感じています。
I’m truly grateful.

(2023-3-16)