昨夜は、防犯パトロールから帰ってきた時、少しひんやりとしていました。
でも、不思議と心地よい疲れでした。
昨日は、一日に三回歩きました。
まず朝、コンビニまで往復一時間。
急ぐことなく、緑を眺めながらゆっくり歩きました。
途中でアイスコーヒーを飲み、静かな時間を過ごしました。
夕方は、チョコちゃんとのお散歩です。
暗くなる少し前の、まだ空に明るさが残っている時間。
緑地公園を歩きながら、富士山の上に輝く太陽を見ました。
沈む前の太陽は、力強く、それでいてどこか穏やかでした。
そして夜は、防犯パトロールでした。
少し涼しかったのですが、私は背筋を意識して歩いていました。
誘導灯を振りながら、お腹に力を入れて、姿勢を整えながら歩きます。
すると今朝、目が覚めた時、何か体が若返ったような感覚がありました。
背筋がしゃんとしているのです。
その時、ふっと思い出したことがありました。
昨日の朝、スマホを開くと、YouTubeのおすすめの中に、坂本龍一さんの曲が流れてきたのです。
有名な曲ではなく、私が30代前半の頃、毎日のように聴いていた小さな曲でした。
当時、私は銀行に勤めていて、通勤には往復三時間ほどかかっていました。
長い電車の時間の中で、その曲を本当に繰り返し聴いていました。
電車の揺れ。
窓の外の景色。
疲れながらも前へ進んでいた毎日。
その頃の空気を、昨日、久しぶりに思い出しました。
私はあの頃、仕事に全力で向かいながら、同時に感性も磨こうとしていました。
通勤時間には、山岡荘八さんの『徳川家康』二十六巻を夢中で読みました。
続きが知りたくて、知りたくて、時間を惜しむように読んでいたのを覚えています。
そして、その後、坂本龍一さんの音楽へと惹かれていきました。
『千のナイフ』を初めて聴いた時の衝撃も忘れられません。
若い感性の鋭さがあるのに、すでに完成された世界がありました。
坂本さんは、大学紛争の時代の空気の中を生きながら、東京藝術大学へ進み、若くしてあれほど完成度の高い作品を生み出していました。
何かが違う。
私はそんな圧倒的な才能を感じていました。
そして昨日、母の部屋で偶然テレビを見ていると、坂本龍一さんが大島渚監督について語る映像が流れていました。
『戦場のメリークリスマス』の制作秘話でした。
俳優として出演依頼を受けた坂本さんが、自分から「音楽もやらせてください」と申し出たこと。
そこから人生が変わったこと。
あの音楽は、今では世界中で愛される曲になりました。
私も当時、その時代を夢中で追いかけていました。
ラストエンペラー。
アカデミー賞。
世界へ広がっていく坂本龍一さん。
その姿を見ながら、私自身も毎日を全力で生きていた気がします。
仕事をし、学び、音楽を聴き、感性を育てる。
今思うと、あれは私にとって「成熟した青春時代」だったのかもしれません。
坂本龍一さんの真夜中のお台場コンサートに行ったこともあります。
品川のホテルに泊まり、翌朝そこから出勤しました。
若さも、体力も、情熱もありました。
でも今朝、背筋を伸ばした時、ふと思ったのです。
あの頃の自分は、消えてしまったわけではなく、
今の私の中に、ちゃんと残っているのだと。
昨日の三回の歩きが、
そんなことを思い出させてくれました。
