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社会を歩いてきた時間と、今の私

今日、西友の休憩スペースで座っていると、目の前でドバトたちが仲良く歩いていました。

雨は上がり、少しずつ日差しも戻ってきています。

そんな穏やかな午後、私はふと自分のこれまでの人生を振り返っていました。

私は65歳まで会社勤めをしました。

朝は6時半から7時頃には家を出て、帰宅は夜10時半から11時になることも珍しくありませんでした。

若い頃は、朝シャンをして身支度を整え、仕事へ向かいました。

夕方には帰宅できる時代もありましたが、その後は仕事量も増え、最後の頃には丸の内で夜9時頃まで働き、家に着くのは11時近くという毎日でした。

それでも不思議なことに、私はその最後の数年間がとても好きでした。

仕事そのものも好きでしたし、社会の中で生きているという実感がありました。

もちろん、楽しいことばかりではありません。

朝決まった時間に家を出なければならない緊張感がありました。

特に母が高齢になってからは、家を出ようとすると、

「あれをして」
「これをして」

と呼び止められることも増えました。

学校なら少し遅れても何とかなるかもしれません。

けれども社会はそうはいきません。

決められた時間に出勤しなければなりません。

そんな毎日を長い間続けてきました。

だから今、朝の通勤時間に急ぎ足で歩く人たちを見ると、よく分かるのです。

大変だよね。

朝起きて、急いで支度をして、バスに乗って、電車に乗って。

でも、その先には仕事があり、人との出会いがあり、社会があります。

だから頑張って行ってらっしゃい。

そんな気持ちになります。

一方で、私は今、自分の時間を自分で使えるようになりました。

家のことをしながら、鳥たちを見たり、お花を見たり、富士山を見たり。

自然の変化に気づく時間があります。

それは私にとって本当に幸せな時間です。

最近、長く家事をしてこられた方が、これから社会に出て働こうとされるお話を聞く機会があります。

皆さん一生懸命です。

ただ、お話を聞いていると、

「そうそう、そう感じるよね」

と思うこともあれば、

「社会ではまた違う面もあるんだよ」

と思うこともあります。

でも、その方は今まさに学びの途中です。

私も若い頃、人に先回りして説明したり、教えたりしたことがありました。

けれども今は違います。

自分で経験してこそ分かることがあると知ったからです。

社会には喜びがあります。

達成感があります。

素晴らしい仲間との出会いもあります。

けれども、ときには豪雨や台風のような出来事もあります。

誰も代わってくれない判断を、自分でしなければならないこともあります。

だからこそ、その中を歩いてきた人の言葉には優しさがあるのだと思います。

振り返れば、今私が自治会で担当している防犯防災の仕事も、会社員時代の経験がそのまま生かされています。

丸の内で総務部にいた最後の数年間、私は防犯防災の担当をしていました。

警備会社との連絡、防災用品の管理、災害時の対応計画、重要鍵の管理。

毎日そうした仕事に携わっていました。

また銀行時代には出納業務も経験しました。

現金管理の責任の重さや怖さも知りました。

だから自治会の集金業務についても、その大変さがよく分かります。

不思議なものです。

当時は大変だったことが、今になって地域の活動の中で役に立っています。

人生に無駄な経験はないのだなと思います。

若い頃の私。

社会の中で働いていた私。

そして今、自然を眺めながら暮らしている私。

どれも同じ私です。

今の私は決して完璧ではありません。

まだまだ気づくことがあります。

失敗もあります。

けれども毎日少しずつ学びながら前へ進んでいます。

そして何より、自分の歩いてきた人生が以前より好きになりました。

ふと顔を上げると、近くではドバトたちが仲良く歩いていました。

雨上がりの光も優しく差しています。

そんな午後に、これまで歩いてきた道のりにそっと感謝したくなりました。

I’m truly grateful.

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