サンウさんのファンになった頃、韓国には公式ファンクラブが二つありました。
そこにはサンウさんご本人がたびたびメッセージを投稿していて、一般の人でもサイトを見ることはできましたが、会員にならなければ記事を読むことはできませんでした。
私はどうしてもその言葉を読みたくて、韓国のファンクラブに入会することを決意しました。
当時は今のように簡単ではありません。
日本の有名なファンブログや解説サイトを読みながら、見よう見まねで手続きを進めました。
そして最後に待っていたのが大きな難関でした。
韓国から国際電話がかかってきて、韓国語で数字が読み上げられるのです。
その数字を聞き取り、パソコンの画面に入力しなければなりません。
韓国語の数字などまったく知らなかった私には、本当に難しい作業でした。
何度も失敗し、何日もかけて挑戦しました。
それでもあきらめず、ようやく認証を突破できた時の嬉しさは今でも忘れられません。

自分のIDでログインすると、そこにはサンウさんの過去から現在までのメッセージがたくさん並んでいました。
けれども、当然ながらすべて韓国語です。
読めません。
そこで私はハングルの教科書を買いました。
一文字ずつ読み始めました。
最初は翻訳サイトの使い方もわからず、日本語を韓国語に変換して、その文字列と似た文章を探すところから始めました。
ノートに書き写しながら、一つ一つ意味を調べていったのです。
その後、コピー&ペーストの方法がわかり、翻訳サイトも使えるようになりました。
ところが翻訳された日本語は意味が通りません。
韓国語特有の言い回しや文章の区切り方があるため、どこで文章を切るのかによって意味が大きく変わるのです。
私はスペースの位置を変えたり、文章を分解したりしながら試行錯誤を続けました。
そうしているうちに、八割ほどは意味が理解できるようになりました。
さらにある日、自分のパソコンに韓国語入力機能が入っていることに気づきました。
設定を変更し、今度は自分でハングルを打つ練習を始めました。
「こんにちは」
「お元気ですか」
そんな簡単な挨拶から始まり、やがて自然に指が動くようになりました。
今思うと、自分でも驚くほど夢中になっていたと思います。
やがて私は、サンウさんのメッセージを読むだけでなく、自分でも韓国語で投稿するようになりました。
誕生日。
クリスマス。
お正月。
バレンタインデー。
日本でのファンミーティングの前後。
そのたびに感謝や応援の気持ちを書き続けました。
「日本に来てくださってありがとうございました。」
「とても楽しいファンミーティングでした。」
「お体を大切にしてください。」
そんな短い文章でしたが、自分の言葉で韓国語を書けることが嬉しかったのです。
そのサイトでは韓国のファンの皆さんの様子もわかりました。
サンウさんの活動状況もわかりました。
ドラマや映画の話題、韓国でのイベントの様子、ファンの皆さんが偶然お会いした時の話まで。
私にとって、その場所は宝物のような存在でした。
しかし数年後、ファンクラブの運営母体が大きなサイトへ移行することになりました。
IDやパスワードの仕組みも変わりました。
最初は何とか移行できたのですが、その後うまく継続できなくなり、ログインできなくなってしまいました。
もし今でも見ることができたなら嬉しいとは思います。
けれど、その頃には以前ほどの情熱はなくなっていました。
「これで良いのかもしれない」
そう静かに思いました。
今は日本のファンクラブに入っています。
情報量は以前よりずっと少なくなりました。
けれども、サンウさんご一家はアメリカに生活の拠点を移され、韓国とアメリカを行き来する生活になりました。
韓国のファンの皆さんも、以前のように近くで見守れるわけではありません。
日本のファンも韓国のファンも、今は同じように少し離れた場所から、
「お元気でいてください。」
「幸せでいてください。」
そんな気持ちで見守っているのではないかと思います。
振り返れば、私はサンウさんの言葉を読みたい一心で、ハングルを覚え、パソコンの設定を変え、国際電話の認証まで乗り越えました。
あの頃の情熱は、今でも私の中の大切な思い出です。