急遽、エアコンを設置する必要が出てきました。
ほかにもいくつか用事があり、今日は久しぶりに少し遠くまで出かけることになりました。
電車を乗り継ぎ、東海道線に乗って近郊の街へ。
私は長い間、毎日のように電車に乗って仕事へ通っていました。
けれど、家にいるようになってから、もう9年ほどになります。
久しぶりに駅へ行き、電車に乗り、街へ出てみると、私は驚きました。
なんだろう。
まるでタイムトラベルをして、知らない時代へやって来たようなのです。
私だけが昔の世界から、突然ここへ現れたような、不思議な感覚でした。
私が毎日のように電車に乗っていた頃、乗り換えといえば大変でした。
「何時何分発」
その時間をいつも気にして、パンプスを履いたままホームからホームへ急ぎ、扉が閉まりかけた電車へ飛び乗ったこともありました。
ところが今日、駅を歩いている人たちを見ると、皆さんとても軽やかです。
スニーカーを履いている方が本当に多い。
夏らしい涼しげな履物の方もいらっしゃいます。
一見普通の靴に見えても、歩きやすそうなスニーカーだったりします。
そういう私自身も、今日はパンツにスニーカーです。
上には、何十年も前に買ったゴルフシャツ。
少しきちんとして見えて、しかも着やすいので、この夏のちょっとしたお出かけにはとても便利なのです。
バッグの中には熱中症予防のキャンディーも入れました。
昔の私は、電車で出かけるときには重いマイボトルを持って歩いていました。

でも今日は持ってきませんでした。
そして実際に一日歩いてみると、それでもほとんど困りませんでした。
駅も、電車も、お店も、本当に涼しいのです。
炎天下を歩いているときは暑い。
でも建物へ入ると、すっと涼しくなる。
電車に乗れば、また涼しい。
少し疲れたと思えば、街には休めるお店がいくつもあります。
私は、こんなに便利になっていたんだ、と驚きました。
今日は列車の時刻を細かく調べて出かけたわけでもありません。
着いたところで確認しながら、急がず、慌てず、電車を乗り継いでいきました。
それでも、ちゃんと目的地へ着きます。
昔のように、時間を気にしながら走り回らなくてもいい。
なんだか、それだけでも別の世界へ来たようでした。
用事の途中で、駅の中のお店で食事もしました。
いただいたのは、うどん。
そのおいしかったこと。
お汁がやさしく甘くて、ほっとしました。
店内は清潔で、食事をしている皆さんも静かで、何のストレスもありません。
洗面所へ行けば石鹸もあり、必要なら手をきれいに洗うことができます。
ペーパータオルも用意されています。
一人ひとりが、自分に合った使い方をすればいい。
そんな当たり前のようなことにも、今日は妙に感心してしまいました。
帰りに鎌倉へ着くと、バスまで少し時間がありました。
バス停の近くのパン屋さんにはイートインのコーナーがあります。
若い方ばかりではなく、年配の方たちも、焼きたてのパンをいただきながら、ゆっくりコーヒーを飲んでいらっしゃいました。
私もそこでアイスコーヒーをいただきました。
「私、ここへ来たの、何年ぶりでしょう」
そんなことをお店の方にお話しすると、
「ありがとうございます」
とおっしゃってくださいました。
久しぶりに飲んだそのコーヒーは、私にはずいぶん苦く感じました。
こんなに苦かったかしら。
全部飲みきれないうちにバスの時間になったので、そのまま持ってバスに乗りました。
バスの中も、よく冷房が効いています。
座席に座って、炎天下を歩いて火照った体を休ませました。
そして、ときどき冷たいアイスコーヒーを少しずついただきました。
最後には氷が残りました。
その氷が溶けた冷たい水を、少しずつ飲みました。
涼しいバスの中で目を閉じて、体を休ませながら。
そのとき、ふっと思いました。
これが本当の熱中症対策なのかもしれないな、と。
無理をしない。
火照ったら涼しいところへ入る。
座って休む。
そして、胃に負担をかけないように少しずつ水分をとる。
昔の私は、どこかへ行くとなれば、時間を気にして、急いで、重い荷物を持って歩いていました。
今日は違いました。
自分の体に合わせて休みながら移動することができました。
だからでしょうか。
今日一日が、急に「用事」ではなく「小さな旅」のように思えてきたのです。
そう思ったら、少しワクワクしてきました。
そして不思議なことに、そんな街の中で休んでいるとき、ふっと思い出したのがミッキーくんでした。
そして、ひなママのことでした。
ひなママと出会って、もう10年ほどになります。
私が仕事を退職した頃からのお付き合いです。
今日も出かけるとき、
「ひなママ、行ってまいります」
と声をかけてきました。
街へ出てみれば、そこにも鳥さんたちがいます。
ホームで電車を待っているときにも鳥さんが飛んでいき、線路の近くにも鳥さんがいました。
ホームには土鳩さんが歩いていました。
「危ないよ」
と思います。
でも、すぐに思いました。
そうか。
君たちは、ここで暮らしているのよね。
ここが君たちの生活圏なのよね。

2018年10月29日 鎌倉駅近くのドバトさんたち
そして、ミッキーくんのことを思いました。
そうだった。
ミッキーくんの生活圏は、私の家だったんだ。
今頃、ひなママはどうしているかな。
もう少し夕方になったら、リボンちゃんを連れてお庭へ来ているかな。
遠くへ出かけているのに、心はいつの間にか、いつものお庭へ戻っていました。
そして私は、もう一つ気づきました。
今日、久しぶりに街へ出て、
「世の中はこんなに変わってしまったんだ」
と驚きました。
けれど、考えてみれば、私自身もその変わった世界の中で、もう暮らしているのです。
家の近くのスーパーへ行けば、おいしいものがたくさん並んでいます。
新しい商品も次々と生まれています。
八百屋さんへ行けば、安くておいしいものがたくさんあります。
鳩カフェもあります。
そして家へ帰れば、お庭があります。
ひなママがいて、リボンちゃんがいて、お花様たちがいます。

左上・リボンちゃん、右上・ひなおじさま、手前・ひなママ
私は、ちゃんと今の時代の中で暮らしているんだ。
そんなことを思いました。
昨日、野村先生がお話しくださったことも思い出しました。
150年ほど前の日本では、まだちょんまげを結っていた人たちが普通に暮らしていた。
150年というのは、考えてみれば、それほど遠い昔ではありません。
そこで私は、自分の生まれた頃のことを考えました。
ペリーが浦賀に来航したのは1853年。
私が生まれたのは、そのおよそ100年後です。
たった100年ほどで、日本はまったく違う国になりました。
そして今、私自身が生きてきた時間の中でも、とりわけこの10年ほどで、世の中は驚くほど変わりました。
では、今生まれてきた子どもたちが100年後に見る世界は、どんな世界なのでしょう。
私には、もう想像もできません。
今日、昔よく歩いていた世界へ久しぶりに戻ったことで、私は初めて、その変化を頭ではなく、体で感じたような気がします。
昔を知っているからこそ、今がどれほど変わったのかがわかる。
そして、変わった今の世界は、思っていた以上に便利で、やさしく、居心地のよいものでした。
でも、どれほど世の中が変わっても。
どれほど便利になっても。
私の心が最後に戻っていくところは、やっぱり同じでした。
ひなママ。
リボンちゃん。
ミッキーくん。
お庭のお花様たち。
そして、毎日の暮らし。

大きく変わり続ける世界の中で、私は今を生きています。
その今の中に、私が大切にしている小さな命や、小さな出来事があります。
今日という一日を、小さな旅行のように歩いてみて、改めてそれに気づきました。
今、この瞬間、この瞬間を生かさせていただいていること。
本当に感謝いたします。
I am truly grateful.