カラスやお花、星の観察など、日々の小さな気づきを記録しています。

宇宙のお話ではないところで見つけた、野村先生の言葉

たまたまYouTubeを開いたら、また野村先生が出ていらっしゃいました。

そろそろ夏休みも終わり、アメリカへお帰りになる頃でしょうか。

この夏、日本にいらっしゃる間にいろいろな方から対談のお申し込みがあるようで、今回のお相手は女性の方でした。

そして今回のテーマは、宇宙や物理学そのものではありませんでした。

人生における「選択」。

そして、一人の人間として野村先生はどのように人生を歩いてこられたのか。

そんなお話を伺う対談でした。

私はそれを知って、とても興味を持ちました。

野村先生のお話を伺っていると、本当にたくさん遊んで、テニスをして、学生生活を楽しんだ時代もあったそうです。

けれど、どこかで自分が本当にやるべきものを見つけると、今度は寝食を忘れるほど夢中になって取り組む。

そして、そこから結果が生まれ、また新しい人との出会いが生まれていく。

以前、別の番組で野村先生がお話しされていた、あるエピソードを思い出しました。

東京大学の大学院博士課程にいらした頃、アメリカから来た学生さんの東京案内をする人を探していたそうです。

教授が「誰かやってくれませんか」と尋ねても、誰も手を挙げない。

そこで野村先生が、

「では、私がやりましょうか」

と手を挙げられたそうです。

その何気ない選択が、その後の先生に大きな刺激を与えることになります。

東京を案内している間、その学生さんは野村先生の説明を聞くと、すぐに、

「それは、こういうふうにも考えられるのではないか」

「こちらから考えたら、どうなるだろう」

と、次々に問いを返してきたそうです。

そして野村先生が質問すると、今度は一生懸命に教えてくれる。

野村先生は驚きました。

アメリカの学生というのは、みんなこんなにすごいのか。

その出会いに強く刺激を受け、それから猛烈に勉強を始められたそうです。

ところが後になってわかったのは、その学生さん自身が飛び抜けて優秀な方だったということでした。

私はこのお話がとても好きです。

もしあの時、野村先生が手を挙げなかったら。

もし東京案内を引き受けなかったら。

その出会いはなかったかもしれません。

けれど、今日のお話を聞いていて大切なのは、「もし手を挙げなかったら」と考えることではないのだと思いました。

その時に出会った出来事を、自分がどう感じるか。そして、そこから何を選ぶか。

そこに人生の面白さがあるのかもしれません。

今回、特に心に残ったお話がありました。

人生で何かを選ぶということは、同時に、もう一つの何かを選ばなかったということでもあります。

「あちらを選んでいたら、どんな人生になったのだろう」

そう考えることもできます。

けれど野村先生は、選ばなかった道について考えることに、自分のエネルギーを使わないという趣旨のお話をされていました。

私は、その言葉がとても心に残りました。

自分は、この道を選んだ。

そして、その道が今へ続いている。

それならば、存在しなかったもう一つの人生を思い続けるより、今歩いている道に自分の力を使う。

とても潔く、そして野村先生らしい考え方だと思いました。

人生には、小さなものから大きなものまで、毎日のように選択があります。

そのすべてが正しかったのかどうかなど、きっと誰にもわかりません。

けれど、選んだあとに自分がどう歩くのか。

もしかすると、そちらのほうがずっと大切なのかもしれません。

そして今回、もう一つ心に残ったのが、聞き手の女性の方でした。

とても弁舌の爽やかな方でした。

けれど、単に「話すのがお上手」というのとは少し違いました。

出てくる言葉がとても自然で、今を生きている人の言葉というのでしょうか。

こちらの心に、するっと入ってくるのです。

そして不思議なことに、その方の言葉と野村先生の言葉が、まるでハーモニーのように聞こえました。

どちらかが前へ出るのでもなく、どちらかが相手を引っ張っていくのでもない。

一つの言葉を受け取ると、もう一つの言葉がそこから自然に生まれてくる。

そんな対談でした。

その女性の方も、野村先生の素晴らしさについてお話しされていました。

目の前にいる相手の目線に降りて、その人に合った言葉を見つけてくださる。

これは、野村先生のお話を聞いていると、私たちもいつも感じることです。

本当は、とてつもなく難しい宇宙のお話をされているのです。

けれど、私たちのような一般の人にも、

「ちょっと宇宙をのぞいてみようかな」

と思わせてくださる。

難しいことを難しく語るのではなく、相手が立っているところまで来て、一緒に空を見上げてくださるようなところがあります。

それは知識だけではできないことなのだろうと思います。

人をよく見て、その人の言葉を聞いて、そして素直に応える。

だから、子どもにも大人にも、専門家にも、私たちのような一般の人にも、野村先生のお話は届くのでしょう。

野村先生が世界の第一線で研究をされてきた、とてもすごい方だということは知っていました。

けれど今回の対談で私が出会ったのは、その肩書きの向こう側にいる、一人の人間としての野村先生でした。

遊んだこと。

人との出会いに驚いたこと。

刺激を受けて猛烈に勉強したこと。

人生の岐路で選んだこと。

そして、選ばなかった道をいつまでも振り返らず、自分が選んだ道を歩いていくこと。

どれも、宇宙物理学のお話ではありません。

けれど不思議なことに、宇宙のお話を聞いた時と同じように、私の中にすっと入ってきました。

私たちの毎日は、そんなに大きな選択ばかりではありません。

今日何をするか。

何をやめるか。

誰かの言葉をどう受け取るか。

目の前に現れた出来事を、どう感じるか。

そんな小さな選択の積み重ねなのだと思います。

昨日、部屋に差し込む太陽の光があまりに強く、少し気分転換をしたくなってウォーキングに出ました。


見晴らし台でも、太陽光線がまっすぐ光を届けてくださいました。

いつもの見晴らし台まで歩き、富士山の前のベンチに座りました。

外も暑い日でしたが、木漏れ日の下で少しだけ立ち止まりました。

その時にはまだ、うまく言葉になりませんでした。

けれど今朝、もう一度考えてみて、ようやくわかったような気がします。

私は昨日、宇宙のお話ではないところから、また新しい野村先生のお姿を一つ見つけたのです。

そして同時に、

今、自分が歩いているこの道を大切にすればいい。

そんなことまで、そっと教えていただいたような気がしました。

聞き手の女性の方と野村先生。

二つの言葉がハーモニーのように流れる、とても心地よい対談でした。

宇宙から少し離れたところで、こんなに身近な人生のお話を聞くことができたこと。

今日もまた、素敵な学びをいただきました。

感謝いたします。

最新情報をチェックしよう!
>小さな記録のある場所

小さな記録のある場所

カラスやお花、星の観察など、日々の小さな気づきを記録しています。

CTR IMG