2026年9月6日、日曜日。
前の日から、雨がずっと降っていました。
朝には少し雨脚が弱くなったものの、外はやっぱり雨。
日曜日ですから、ごみの回収もありません。
午前中は何も急ぐことがなく、自分次第です。
それなのに、なぜでしょう。
こんなふうに雨が降っていると、なんとなく息苦しいような気持ちになって、外へ出たくなりました。
でも、まずは久しぶりにチーズサンドを簡単に作り、シナモンティーと一緒にブランチをいただきました。
すると、ちょうど斎藤一人先生のお話を伝えてくださっている方の講演会のライブ・アーカイブがありました。
時計を見ると、11時少し前。
外では、しとしとと雨が降っています。
なんだかとても心地よい時間でした。
「そうだ。今日はこれを見ましょう」
久しぶりに、たっぷり1時間半ほどお話を伺いました。
やっぱり、心が明るくなりました。
人は毎日の暮らしの中で、
「どうして私はこんな目に遭うのだろう」
「こんなに一生懸命やっているのに、どうしてそんなことを言われるのだろう」
と思うことがあります。
一生懸命やっているからこそ、相手から強い言葉を言われたり、否定されたりすると、心が苦しくなることがあります。
でも、自分の気持ちまで押し込めなくていい。
そして、自分が発するものを、少しずつ明るいもの、優しいものにしていけばいい。
そんなお話が、今日はとても心に残りました。
笑顔でいること。
明るい声で話すこと。
優しい言葉、愛のある言葉を使うこと。
そして、まず自分自身を大切にして、自分が幸せでいること。
自分の中に幸せがあれば、そこから少しずつ周りの人にも幸せを分けることができます。
大きなことをしなくてもいいそうです。
自分のすぐそばにいる人に親切にする。
困っている人がいたら、できる範囲で手を差し伸べる。
笑顔を向ける。
優しい言葉をかける。
そういう小さなことなら、今日からでもできます。
「神様のお手伝いをする」というお話も、とても印象に残りました。
誰かが寂しいとき、苦しいとき、実際にその人のそばへ行って声をかけたり、手を差し伸べたりできるのは、人間です。
だから、人に親切にすることは、神様には直接できないことを人間がお手伝いすることでもある。
そう考えると、とても分かりやすく、そして温かく感じました。
まず、自分が幸せになる。
そして、その幸せがあふれて、周りの人にも届いていく。
そんなふうに暮らしていけばいいのだと思うと、なんだか気持ちが楽になりました。
ところが、お話を聞き終わっても、私はやっぱり外へ行きたかったのです。
雨が降っているのに。
冷蔵庫を開ければ、お料理のできる材料はあります。
冷凍のご飯もあります。
だから、
「今日は雨だし、買い物は明日からでもいいじゃない」
そう思おうと思えば、思えました。
でも、私が欲しかったのは、ただ食べるものではなかったのです。
冷蔵庫の中にあるものを出して、何か温かいものを作る。
お釜を開ければ、炊きたてのご飯がある。
そこから、ちょっとおむすびを作ったりする。
お味噌汁を作ったり、おかずを考えたりする。
そんな、湯気の立つような暮らし。
心にも、体にも、温かいものを作るような生活。
私は今、そういう暮らしがしたかったのだと思います。
冷凍のご飯があるから、それで十分。
そういうことではなかったのです。
お釜の中に温かいご飯がある。
そのことが、今の私にはとても大切だったのです。
天気予報を見ると、これからもしばらく雨のマークが並んでいました。
明日になれば、もっとひどい雨になるかもしれません。
それなら、
「今日、こんなに行きたいと思っているのだから、今日は行った方がいいのかもしれない」
そう思いました。
今日の自分の気持ちは、今日聞いてあげた方がいい。
それもまた、自分の機嫌を自分で取るということなのかもしれません。
そして私は、雨の中を出かけました。
途中、鳩カフェで少しゆっくりしました。
名前は「鳩カフェ」ですが、普段からドバトさんたちがいます。
でも、いつもはそれほどそばまで来てくれるわけではありません。
ところが今日は、そばまで来てくれました。
雨の日。
いつもとは少し違う空気の中で、ドバトさんたちが近くにいる。
ただそれだけのことなのに、
ふーっと、いつもの日常とは少し違う世界へ入り込んだような気持ちになりました。
普段にはない鳩カフェでした。
雨の日だからこそ出会えた、静かな時間だったのかもしれません。
そして、買い物へ。
今、本当に欲しかったものはいくつかありました。
ねずみさん騒動で、靴下さんやマットさんに粘着剤がついてしまい、そのお手入れに使うオリーブオイル。
そして、ちょうど切れていたお米。
今日は少し重たいけれど、5キロのあきたこまちを買いました。
なぜか、いつもより少しお安くなっていました。
それにオリーブオイル。
キャベツを半分。
焼きそばも。
そして、あんぱんもひとつ。
数にすれば、それほどたくさんではありません。
でも、お米を抱えて帰れることが、なんだかとても嬉しく感じられました。
朝から雨が降っていて、
なんとなく外へ出たくて、
自分でもどうしてこんなに出かけたいのだろうと思っていた一日。
でも、帰る頃になって、少し分かったような気がしました。
私は、ただ外へ行きたかったのではなかった。
ただお米を買いたかったのでもなかった。
私は、湯気の立つような暮らしがしたかったのです。
お釜の中に温かいご飯があって、
冷蔵庫の中のものを出して、
「今日は何を作ろうかな」
と考える。
おむすびを作ったり、
温かいものを作ったりする。
そんな何でもない毎日の中に、私は今、とても大切なものを感じているのだと思います。
大きなことをしなくてもいい。
自分を大切にする。
自分の気持ちを聞いてあげる。
そして、今日の暮らしを丁寧にする。
雨の日が続く中、家の中で私を癒してくれていたのは、一輪のバラさんでした。

窓の向こうでは大雨が降っていても、私は家の中にいて、雨から守られている。
その安心感を、バラさんを見ながらしみじみと感じていました。
温かいご飯を炊いて、何かを作って、花を眺めて暮らす。
私が欲しかったのは、きっとそんな家の中の温かな時間だったのだと思います。

雨の日の鳩カフェで、いつもより近くに来てくれたドバトさんたち。
そして、腕の中には5キロのお米。
少し重たいけれど、
なんだか心は、来たときよりもずっと軽くなっていました。
今日はこれでよかった。
そう思いながら、ゆっくり家へ帰りました。
ありがとうございました。