ある穏やかな日のことです。
朝にゴミを出し終え、回収車を待ついつもの時間。
このあたりは回収が昼頃になることが多く、
遅いときには午後になることもあります。
私はずっと見張っているわけではなく、
用事の合間に外へ出たとき、
ふと目に入る程度の関わりでした。
その日も、何気なく外へ出て、
道路の方へ目を向けた、その瞬間でした。
クリーンセンターには、
組み立て式の網でできたボックス型の囲いがあります。
骨組みがしっかりしていて、
横は留め具で固定され、上は蓋のように開閉できます。
その囲いの上へ、
一羽の ハシブトガラス が、
静かに降りようとしていました。
——まさに、その瞬間です。
音もなく、もう一羽が現れました。
私が「ギャーさん」と呼んでいる
ハシボソガラス のオスです。
声を上げることもなく、
風のようにすっと入り込み、
着地しようとしたその目前で、ただ一度、軽く間に入る。
それだけで十分でした。
ハシブトガラスは向きを変え、
何もできないまま、その場を離れていきました。
囲いに触れることすら許さない、
無駄のない見事な動きでした。
当時、この場所では
ゴミが荒らされることは一度もありませんでした。
けれどそれは、
ただ穏やかな環境があったからではありません。
彼らは野生の存在です。
食べ物は自分で確保しなければならず、
外敵に狙われることもあり、
同じカラス同士でも、縄張りをめぐる激しい争いがあります。
繁殖の時期には、
ギャーさんとその伴侶、そしてヒナたちは、
常に脅かされる側にいました。
ハシブトガラス たちが、
大群で押し寄せてくることもあります。
そのたびに、空の上では激しい攻防が繰り広げられていました。
追い、追われ、声を張り上げ、
必死に縄張りを守る姿。
その舞台は、家の前の木々の上や、
緑の多い公園の中でした。
縄張りにも、はっきりとした境界がありました。
住宅街とその周辺の緑地は、
ギャーさんたちの領域。
一方で、公園の奥や自然の深い方へ進むと、
そこは ハシブトガラス たちの領域でした。
不思議なことに、当時はその境界が守られていて、
住宅街の中にまで入り込んでくることは、ほとんどありませんでした。
もし入りかければ、
ギャーさんたちがすぐに現れ、静かに、しかし確実に追い返していました。
ギャーさんのことを
ただの「かわいい存在」として見たことはありません。
同じ場所で生きる、対等な存在として感じていました。
厳しい自然の中で日々を生きながら、
それでも人間の生活と衝突しない距離を保ち、
この場所にひとつの秩序をつくっていた存在。
あれから四年が経ち、
ギャーさんは、もうこの場所にはいません。
今では、ときどきゴミが荒らされることもあります。
以前のような静けさは、少し変わりました。
だからこそ、思い出すのです。
あの静かな日、
何の音もなく現れて、
ただ一度の動きで場を整えた、その姿を。
そして、
あの存在がいてくれたことで、
この場所での暮らしがどれほど穏やかで、清潔に保たれていたかを。
野生の中で生きる存在と、
人間の生活。
本来なら交わらないはずのその間に、
確かに、静かな共存がありました。
あの時間への感謝とともに、
今も心に残っています。
あの存在と過ごした時間は、
まだまだ心の中にたくさん残っています。
これから少しずつ、その記憶も綴っていけたらと思います。


